なぜ日本人は投資が苦手なのか?祖父・父・自分の世代で変わった”お金の常識”

「投資に興味はあるけど、なんとなく怖い。親にも反対された」——そんな感覚を持ったことがある方は少なくないんじゃないかと思います。

この「なんとなく怖い」という感覚、実は根拠のない思い込みではなく、
日本の経済史を生きた世代から受け継がれてきた価値観に由来している部分が大きいんです。

この記事では、高度経済成長を生きた祖父の世代、バブル崩壊を経験した父の世代、そして今の自分(会社員・投資歴8年)という3つの世代を軸に、
日本人がなぜ投資に距離を置いてきたのかを整理してみます。

この記事でわかること

  • 世代別に見た「お金との向き合い方」の変遷
  • 「投資=怖い」というイメージが生まれた歴史的背景
  • 時代が変わった今、なぜ投資を選択肢に入れるべきか

日本人が”投資アレルギー”になった歴史的な理由

まず大前提として、「投資を避けてきた」のは日本人が特別にビビりなのではなく、
各時代の環境に適応した合理的な判断の結果だったという話をしておきたいと思います。

ここを理解しておくと、親世代から投資に否定的な言葉をかけられたときに感情的にならず冷静に受け止められます。
「あの人はその時代を生きた」という視点がひとつの答えになるからです。

祖父の世代〜「銀行に預ければ増える」が正解だった時代

高度経済成長期を生きた世代にとって、資産形成の正解は銀行への預貯金でした。

当時の定期預金金利は7〜8%という水準。
今からは想像もできませんが、銀行にお金を預けているだけで10年後には残高がほぼ倍近くになっていたわけです。

この環境下で「株式投資」を選択肢に入れる必要はほとんどありませんでした。
リスクを取らなくても、安全に資産が育っていく時代だったんです。

時代 代表的な預金金利 投資の必要性
高度経済成長期 7〜8% ほぼなし
バブル崩壊後〜現在 0.02〜0.1% 高い

祖父世代が「投資は博打だ」と言っていたとしたら、それは偏見ではなく、
銀行だけで十分だった時代の合理的な判断をそのまま言語化したものだったと思います。

父の世代〜バブル崩壊が「投資アレルギー」を植え付けた

バブルの絶頂と崩壊の両方を目の当たりにした世代は、投資に対するイメージが根本的に異なります。

1980年代後半、株価も不動産も右肩上がりで上昇し続けました。

しかしその後の崩壊で多くの人が大きな損失を被りました。
直接的な損失を経験した人だけでなく、「投資で痛い目を見た」という空気が社会全体に広がったことが、この世代のお金観に深く影響しています。

さらに当時は、証券会社で口座を開くだけでも一苦労でした。
窓口まで足を運び担当者から説明を受けて…というプロセスは、「ちょっとやってみようかな」という気軽さとは程遠いものでした。

つまり父の世代が投資と距離を置いたのは、「センスがない」のではなく、
「リスクイメージが高く、始めるハードルも高かった環境」のせいです。

そして、投資アレルギーは”知識なき感情”として伝わった

ここが一番重要な部分だと思っています。

バブル崩壊後、社会には「投資は怖い」という感情的なイメージだけが流通し続けました。
しかし、「なぜ怖いのか」「何が本当のリスクなのか」という知識はあまり語られなかった

感情だけが世代をまたいで伝わり、知識は更新されないまま止まっていた。
就職氷河期、リーマンショック、コロナ——相場が動くたびに「やっぱり投資は怖い」という感覚が上書きされ続けてきた側面があります。

これが「日本人は投資が苦手」と言われる構造的な原因のひとつだと、僕は考えています。

自分の世代に起きた変化〜「情報の届き方」が変わった

では、投資に踏み出せるようになった人が増えたのはなぜか。
それは才能でもセンスでも、特別な勇気でもなく、情報の届き方が変わったからだと思っています。

SNSで普通のサラリーマンが投資の話をするようになった。
インデックス投資という「世界経済の成長に乗る」シンプルな方法が広まった。NISAという制度で国が後押しするようになった。そしてスマホで10分あれば証券口座が開けるようになった。

この変化がなければ、僕自身も投資を始めていなかったかもしれません。

2018年、転職と昇進のタイミングで投資を始めて8年。
途中、相場が大きく下がるたびに「このままでいいのか」と感じる場面はありました。それでも積立をやめなかった判断の積み重ねが、今の資産につながっています。

”投資が怖い”という感覚とどう向き合うか

「投資が怖い」という感情はおそらくすべての投資家が持っています。
大切なのはその感情をゼロにすることではなく、感情を「やめる理由」にしないことだと思っています。

一方で、親から「投資はやめておけ」と言われる方もいるかもしれません。

その言葉の背景には、バブル崩壊の記憶や、「投資はリスクが高い」という時代の空気があります。間違った親心ではなく、
その時代の合理的な判断をまだ持ち続けているだけのことが多い。

感情的に反発するよりも、「なぜそう思うのか」の背景を理解した上で、自分の判断をするほうが建設的だと思います。

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時代が変わっても変わらないこと。何のためにお金と向き合うか

祖父も父も、そして僕も——手段は違いますが、「家族を守りたい」という気持ちは共通していたと思います。

預貯金だった時代も、投資が必要になった時代も目的は同じ。そう考えると、
投資はお金を増やすためのツールではなく、家族の未来を守るための選択肢のひとつという見方になります。

それぞれの時代に見えていた景色の中で最善を選ぶ——それが投資の本質に近い気がしています。

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まとめ〜”怖い”の正体を知ると投資は変わる

日本人が投資を苦手とする背景には、世代をまたいだ「知識なき感情の伝達」がありました。
整理するとこうなります。

祖父の世代は銀行金利が高く、投資の必要性がなかった。父の世代はバブル崩壊の記憶が感情として残り、それが知識なく次の世代に伝わった。

そして今の世代は、情報の届き方が変わったことで合理的に判断できる環境が整ってきた——という変化の流れです。

「怖い」という感情を否定する必要はありません。

ただ、その怖さが「時代の空気から受け継いだもの」なのか、「事実に基づくリスク認識」なのかを分けて考えることが、投資と向き合う第一歩になると思います。


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かぞくとあおぞら

タイトルの「かぞくとあおぞら」は、青空の下で家族と穏やかに暮らす姿を思い描いてつけました。もともと写真が好きで、散歩や旅…


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