昔に入った個人年金、このまま続けていいの?と思ったことはありませんか?
積立投資を始めて、資産が少しずつ育ち始めた頃——ふと「あの月1万円、インデックスファンドに回せばよかったな」という気持ちがよぎったことが、僕にも何度かありました。
でも結局、解約しませんでした。
2018年から投資を続けて約8年。
資産は当初の数百万円から5,000万円超まで育ちました。その過程で「個人年金をどうするか」という問いとずっと付き合ってきた僕が、正直なところを書いておこうと思います。
この記事でわかること
- 個人年金と投資信託(インデックス投資)の根本的な違い
- 「解約して投資に回す」が合理的に見えても踏み切らなかった理由
- 個人年金を「続けるか・やめるか」の判断軸3つ
- 投資と個人年金を「両方持つ」ことで見えてきた資産形成のリアル
社会人1年目、断れなかった保険のおばちゃんの話
新しいスーツがまだ体に馴染んでいなかった頃の話です。
会社によく顔を出していた保険の外交員さんが「社会人になったんだから、これくらいは入っておきなさい」とパンフレットを広げました。
テーブルに置かれたのは「個人年金」でした。
当時の僕には、その言葉の意味をちゃんと理解できていたかどうか、正直あやしかったです。
「老後のためにお金を積み立てておく保険」——それだけわかれば十分だと思っていた。気さくな担当者さんで、職場の先輩たちとも仲が良くて、なんとなく断りにくい空気もあって、月々1万円弱という金額も「まあ、なんとかなるか」くらいの感覚だったんですよね。
そうして、契約書に判を押した。
その後、20代・30代は車にハマって週末はドライブ、冬はスキーやスノボ、夏はキャンプ——友人と全力で楽しんでいました。
貯金なんてほとんどしていなかった。でも、個人年金だけは毎月、口座から静かに引き落とされ続けていた。
今思えば、あの契約だけが黙って未来を向いていたんだと思います。
30年近く経って、数字を確認してみた
先日、ふとスマホで契約内容を確認してみました。
別に何かあったわけじゃないけど、そういえば最近ちゃんと見てないなと思って。
画面に表示された数字を見て「ああ、そうだよな」と思いました。
月々1万円弱を30年近く。単純計算で支払った保険料の総額は約350万円。そして画面に表示されていた解約返戻金は388万円。
30年近くで38万円の増加です。
投資のリターンに慣れた今の感覚だと、正直、物足りなく見えます。
でも——元本は割れていない。節税効果もあった。60歳からは10年間、毎年85万円ほどの年金が受け取れる設計になっている。
あの時代にしては、悪くない選択だったと思うんですよ。
「投資に回せばよかった」と思ったあの頃の気持ち
投資を始めてから3年ほど経った頃、うっすら思い始めていたことがあります。
これ、投資に回したほうがよかったんじゃないかな。
インデックス投資を始めて、資産が少しずつ育ち始めた頃——お金が「増える」という感覚を初めてリアルに掴んだとき、同じ月1万円という金額がまったく違う軌跡を描ける可能性に気づいてしまった。
さらにもうひとつ気になり始めたのがインフレのリスクです。
個人年金って、受け取る金額が契約した時点で決まっているんですよね。
僕の場合、60歳から毎年85万円ほど。30年近く前には「それなりの金額感」だったはずです。でも今の物価で考えると、同じ85万円の価値って当時と同じじゃない。
光熱費も食費も、あらゆるものが上がり続けているこの時代に、「額面が固定されている安心」は裏を返せば「実質価値が目減りし続けるリスク」でもある——そういう視点が、投資を学んでから初めて見えてきました。
今の子育て世代のパパ・ママが同じことを感じているとしたら、その感覚はとても真っ当だと思います。
じゃあ、なぜ解約しなかったのか
数字だけで考えれば、「解約してインデックスファンドへ」という選択も合理的に見えます。
でも僕は、解約しませんでした。
理由はいくつかあります。
1. 投資資産が育っている間は、わざわざ解約する緊急性がなかった
2018年から積み立てを続けてきた資産が順調に育っている以上、個人年金の解約返戻金をわざわざ取り崩す必要はなかった。
「勝っているうちに動く必要はない」という判断です。
2. 「確実に受け取れるお金」は数字以上の価値がある
投資で積み上げた資産は、相場の状況によって増えも減りもします。
それは長期投資の前提として受け入れているけれど、受け取るときの金額は最後までわからない。
一方で個人年金は、60歳から毎年いくら受け取れるかが契約した瞬間から決まっている。相場がどう動こうとその金額は変わりません。
老後の生活費の一部が「必ず入ってくる」とわかっているだけで、相場が荒れたときの心の揺れ方が少し変わる——これは実際に経験してみないとわかりにくいかもしれないですが本当にそう感じています。
3. 過去の自分から未来の自分へのギフトを、途中で返品する気になれなかった
投資の知識もなく、お金を増やす方法も知らなかった社会人1年目の僕が、それでも「将来の自分のために何かしておきたい」という気持ちで判を押した。
稚拙だったかもしれないけれど、あれは確かに過去の自分から未来の自分への精一杯のギフトだったと思うんです。
それを途中で返品するのは、なんか違う気がした(笑)
個人年金と投資、「続けるか・やめるか」の判断軸3つ
同じ悩みを抱えている方に向けて、判断の軸を整理しておきます。むずかしく考えすぎず、まず3つだけ確認してみてください。
① 解約返戻金はいくらか(今やめたら手元にいくら戻るか)
加入年数によっては元本割れしていることもあります。まずここを確認してから考えましょう。
② 60歳以降の受け取り総額はいくらか(続けた場合の着地点)
払い込み保険料と受け取り総額を比較します。「払った分をどれだけ上回るか」が判断材料の一つです。
③ それを持ち続けることで、気持ちが落ち着くか
数字では割り切れない「安心」があるなら、それも資産の一部です。逆に、「どうせ大した額にならない」とずっとモヤモヤしているなら、解約してスッキリさせることが投資の継続力につながることもあります。
数字だけで判断してもいい。
でも数字だけでは割り切れない安心があるなら、それもまた立派な資産の一形態なんじゃないかと思っています。
「あの時代の正解」と「今の正解」は違う
ここで少しだけ、時代の話をさせてください。
個人年金に加入した頃の日本は、まだバブル崩壊の余韻の中にいました。
それでも預金金利はそれなりにあって、「銀行に預けていればお金が増える」という感覚がかろうじて生きていた時代です。保険商品の予定利率も今とは比べものにならないくらい高かった。
つまり、あの頃の個人年金は今よりずっと「お得な商品」でした。
長期間コツコツ積み立てて、老後に確実に受け取る。リスクを取らずに将来に備える——それが「堅実な大人のお金の使い方」として広く信じられていた時代です。
問題があったとすれば、個人の選択ではなく「投資という選択肢が一般の会社員にとってほぼ存在しなかった」という時代の構造のほう。
NISAも、インデックス投資の普及も、まだずっと先の話でした。
あの頃の自分にできることを、あの頃の自分はちゃんとやっていた——そう思えるようになってから、少し気が楽になりました。
個人年金と投資を「両方持つ」ことが教えてくれたこと
投資を続けてきて、ひとつ思うことがあります。
「あの選択は正しかったのか」という問いは、答えが出ないまま持ち続けていいんじゃないかということです。
個人年金を続けていることを後悔しているかと聞かれれば、していない。
でも、投資に回せばよかったと思ったことがないかと聞かれれば、ある。その両方が同時に本当のことで、どちらかに決めなくていいんだと最近は思っています。
お金の選択って、あとから正解が変わることがある。
あの頃の環境で精一杯やった選択が、時代の変化によって「惜しかった選択」に見えることがある。
でもそれは、選択が間違いだったということじゃなくて、世界が変わったということだと思うんですよね。そしてその変化に気づいて、次の選択を変えていける自分になれたなら——それで十分じゃないかと。
きれいに整理されたポートフォリオより、少しいびつでも「自分が腑に落ちている状態」のほうが、長く続けられる気がしています。
まとめ〜昔の自分の選択を少しだけやさしく見直してみる
最後に、この記事で伝えたかったことをまとめます。
昔に入った個人年金が気になっているなら、まず3つだけ確認してみてください。
解約返戻金・受け取り総額・持ち続けることで気持ちが落ち着くかどうか。
数字だけで判断してもいい。でも、数字では割り切れない安心があるなら、それも資産の一部です。
投資と個人年金、どちらかだけが正解ではありません。
確実性と成長性、固定と変動——そういうものが混在しているのが、普通の会社員の資産形成のリアルなんだと思います。
今の自分が未来の自分に向けて、バトンを渡し続けること。
個人年金が教えてくれたのは、そういう時間軸でお金と付き合う感覚でした。
あなたの「昔の自分からのギフト」も、きっとどこかにあるはずです。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
このブログのタイトル「かぞくとあおぞら」に込めた想いや、投資で遠回りをしてきた僕の自己紹介を[こちら]にまとめています。
もしよろしければ、少しだけ覗いていただけると嬉しいです。