「フリーランスって、いいよね」
カフェでMacBookを開き、時間に縛られず好きなことを仕事にして生きる。そんなきらきらとしたイメージに胸を躍らせたことはありませんか?
会社という組織の歯車ではなく「私」という名前で生きていく。
その響きは、まるで魔法のように甘くて魅力的です。
特に、結婚、出産、育児、介護…. 次々と押し寄せるライフステージの波を乗りこなし「母」や「妻」という役割だけでなく「私」としてのキャリアも諦めたくないと願う女性にとって、フリーランスは一条の光に見えるかもしれません。
でも、その光に手を伸ばそうとした瞬間、足元に広がる深い影に気づいてふと足がすくんでしまう。
「本当に、私ひとりでやっていけるのかな」
その声はあまりに小さくて、誰にも聞こえないかもしれません。
でも、これからフリーランスという大海原へ漕ぎ出そうとするすべての女性の心の中で、静かに響いている不安の叫びなのです。
この記事は、希望に満ちた景色(光)の話も容赦ない嵐(影)の話も包み隠さず、ひとりの女性のストーリーとしてお伝えします。
このストーリーがあなたの不安が未来を照らすための知恵に変わることを願っています。
さようなら、満員電車。こんにちは、私の時間。
会社員時代の朝を、今でも鮮明に思い出す。
鳴り響くアラームに叩き起こされ、戦闘準備のように身支度を整え、息を詰めながら満員電車に体を押し込む。
窓の外を流れる景色を眺める余裕もなく、ただただ、今日の会議と山積みのタスク、そして上司の顔色を思い浮かべては小さくため息をつく毎日。
あの頃の私にとって「自由」とは、金曜の夜にやっと手に入る、儚いご褒美のようなものだった。
フリーランスになると決めた日。期待よりも大きな不安に何度も心が揺れた。
安定した給料、社会的な信用、守られた福利厚生。それらすべてを手放すことは、まるで命綱なしで崖から飛び降りるような感覚… 。
それでも私は飛び降りた。
「自分の人生のハンドルを自分の手に取り戻したい」という抑えきれない渇望に背中を押されて。
独立した最初の朝。アラームをかけずに目が覚め、ゆっくりとコーヒーを淹れ、まだ誰もいない静かなリビングで立ち上る湯気をただぼんやりと眺めた。
そして、たったそれだけのことが涙が出るほど贅沢に感じられた。
平日の昼間に近所のパン屋まで散歩する。夕方、学校から帰ってくる子どもの「ただいま」を「おかえり」と笑顔で迎えられる。
会社員からフリーランスになった人の約6割が「私生活の幸福度が上がった」と感じるというデータがあるが 、それはきっとこうした名もなき時間の積み重ねがもたらす心の充足感なのだろう。
もちろん、それは「楽になった」という意味ではない。
むしろ、時間の使い方の全責任を自分で負うという、新たな重圧との戦いの始まりだったのだ。
それでも「自分で決められる」という感覚は、何物にも代えがたい、生きている実感そのものだった。
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2024年の日本のフリーランス人口は1,303万人
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そのうち女性が半数以上を占める
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女性がフリーランスを選ぶ理由のトップは「自分の都合のよい時間に働きたいから」(総務省調査)
光の面:自由と幸福度
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65.6%が「プライベートとの両立」に満足
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65.5%が「仕事上のストレスが減った」と回答
「圏外」の私――社会の壁に、心をすり減らした日々
自由という名の翼を手に入れた高揚感は、しかし、すぐに厳しい現実に打ちのめされることになる。
会社という大きな船を降りた私は、社会という大海原の上で自分がどれほど無防備でちっぽけな存在であるかを嫌というほど思い知らされた。
お金という名の終わらないジェットコースター
フリーランスが抱える不安の断トツ1位はやはり「収入の不安定さ」
それは頭では理解していたはずだった。でも、初めて「収入ゼロ」の月を迎えた時の心臓が凍りつくような感覚は想像を絶するものだったのだ。
毎月決まった日に振り込まれていた給料はなく、ただ静かに減っていく通帳の残高。
「来月、家賃を払えるだろうか」「子どもの習い事、続けさせてあげられるかな」
夜、ひとりベッドの中でそんな不安に押しつぶされそうになる。
ある月は笑いが止まらないほど潤ったかと思えば、次の月には青ざめる。そんなジェットコースターのような日々に心はすり減っていった。
ある日、家族から悪気なく言われた一言が私の胸に深く突き刺さった。
「収入がない間、お小遣いはどのくらい必要?」
良かれと思っての発言だとわかっているのに、「私は誰かにお金をもらわないと生きていけない存在になってしまったのか」と情けなさと悔しさで涙が止まらなかった。
経済的な自立。それは、私がフリーランスとして手に入れたかった最も大切なものの一つだったはずなのに。
「ご職業は?」――その一言が、私を透明人間にする
お金の不安以上に私の心を蝕んだのは「社会的信用」という名の見えない壁だった。
引っ越しをしようと新しい部屋を探しに行った時のこと。
不動産屋の担当者は私の職業がフリーランスだと知った途端、あからさまに表情を曇らせた。
「審査、厳しいかもしれませんねぇ」
その言葉通り、私は何度も何度も審査に落ち続けた 。確定申告書を出し、クライアントとの契約書を見せ、どれだけ安定して収入があるかを説明しても返ってくるのは非情な「お断り」の連絡ばかり。
まるで社会から「あなたのような不安定な人間はここにいる資格がない」と存在そのものを否定されているような感覚になることも。
クレジットカードの審査に落ちた時もそう。
ネットでの買い物もままならない不便さより、「自分だけが『圏外』にいる」という疎外感が心を重くした。
正社員の友人にこの話をしても、「え、そうなの?大変だね」とどこか他人事。彼女たちには想像もつかないであろう「不安定あるある」の壁が、私たちの間にそびえ立っているように感じたのだ。
私は自分の意思でこの道を選んだ。
でも、その選択がこれほどまでに社会の「当たり前」から私を遠ざけるなんて、想像もしていなかった。
静寂が、こわい――ひとりきりの部屋で、溺れかけた夜
会社員時代はあれほど一人の時間が欲しいと願っていたのに。いざ手に入れてみると、その静寂が時として恐ろしくなることがあった。
一日中、誰とも言葉を交わさずにパソコンに向き合い、気づけば窓の外は真っ暗。オフィスでの何気ない雑談や同僚とのランチタイムがどれほど貴重な潤滑油だったかを思い知った。
「このやり方で本当に合っているんだろうか」 「もっといい方法があるんじゃないか」
相談する相手もおらず、すべての決断を一人で下さなければならない重圧。
SNSを開けばきらきらと活躍する同業者の姿が目に飛び込んできて、焦りと嫉妬で胸が苦しくなる。
将来のお金への不安が孤独感をじわじわと増幅させていく… 。
フリーランスの「自由」とは、この底知れない孤独とたった一人で向き合い続ける覚悟のことなのかもしれない。
そう思った夜は一度や二度ではなかった。
影の面:収入の不安定さと孤独
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37.6%が「収入ゼロの月」を経験
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女性フリーランスの約6割が年収200万円未満
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最高月収平均53.5万円に対し、最低月収平均11.3万円
母であり、私であることの痛み――産休なき世界で
フリーランスとしての壁にぶつかりながらも、なんとか自分の足で歩き始めた頃、私の人生に新たな、そして最大の転機が訪れました。妊娠だ。
会社員であれば、産休・育休という制度に守られ、祝福されるべきこの出来事が、フリーランスの私にとっては、喜びと同時に、キャリアが途絶えることへの恐怖を連れてきた。
「休んだら仕事がなくなる」――産後1ヶ月での復帰
フリーランスに産休はない。
もちろん、休めば収入はゼロ。クライアントに妊娠を報告する時は、「これを機に契約を切られるのではないか」と手が震えた。幸い「落ち着いたらまた戻ってきてね」と温かい言葉をかけてくれるクライアントもいたが、その「席」が私が戻る時まで空いている保証はどこにもないのだ。
「仕事がなくなるかもしれない」という恐怖が私を駆り立てた。
妊娠初期はつわりに耐えながら、文字通り泣きながらキーボードを叩き 、臨月が近づいてもなかなか仕事をセーブできない。
そして、出産。
我が子を胸に抱いた感動も束の間、その数時間後には病院のベッドの上でノートパソコンを開き、クライアントからの修正依頼の対応していた。
産後1ヶ月で本格的に仕事に復帰した先輩の話を聞いては「私もそうしなければ」と自分を追い詰めていた。
終わらないタスクと、「ごめんね」の毎日
子どもが生まれてからの毎日は想像を絶するマルチタスクの連続だった。
赤ちゃんの泣き声で中断されるオンライン会議。授乳しながら片手でメールを返す。
子どもがやっと寝付いた深夜、そこからが私の本当の仕事時間 。
ある日、子どもの急な発熱でどうしても納期に間に合わなくなってしまった。
クライアントに頭を下げ、スケジュールを調整してもらう。その罪悪感と熱で苦しむ我が子への申し訳なさで心が張り裂けそうでした。
「仕事に集中したいのに子どもの世話が…」 「子どもともっと向き合いたいのに、仕事の締め切りが…」
常に二つのものの間で引き裂かれ、どちらに対しても中途半端な自分を責める日々。子どもが0歳の時から保育園に預ける決断をした時も「こんなに早くから預けてごめんね」という罪悪感に苛まされた。
そして、ついに私の身体が悲鳴をあげることに。
子どもの風邪がうつり、気管支喘息を発症。激しい咳で夜も眠れず、体力は限界に。家事も、育児も、仕事も、すべてが手に負えなくなり、ただただ静かな絶望感に包まれる…。
フリーランスなら職場に迷惑をかける罪悪感はない。
そう思っていたのは大きな間違いだった。私が迷惑をかけていたのは他の誰でもない、私自身の心と身体、そして、かけがえのない家族だった。

それでも、私はこの航海を続ける
何度も「もう無理だ」と思った。会社員に戻った方がどれだけ楽だろうか、と。でも、そのたびに思い出す。
自分で選んだこの航路のその先に見たかった景色がなんだったのかを。
嵐の中で私は少しずつ、自分だけの航海術を身につけていった。
それは、決して特別な技術ではない。打ちのめされ、涙を流したからこそ学んだ、ささやかだけれど確かな知恵なのだ。
まず、ひとりで完璧な船を造ろうとしないこと。
フリーランスは「ひとり社長」だが、本当にすべてをひとりで抱え込む必要はなかった。苦手な経理は専門家にお願いする。大きな案件は信頼できるフリーランス仲間とチームを組んで挑む。
完璧な母親、完璧な仕事人であろうとすることをやめた時、私の心は少しだけ軽くなった。
次に、孤独という嵐は立ち向かうのではなく、受け流すこと。
ひとりでいるのが辛い日はコワーキングスペースやカフェに行き、人の気配の中で仕事をする。SNSで同じ境遇の仲間と繋がり、悩みを分かち合う。
仕事とは全く関係のない友人とくだらない話で笑い合う時間を作る 。孤独は消し去るものではなく、上手に付き合っていくものなのだと知った。
そして、知識という名の鎧を身につけること。
フリーランスを守るための「フリーランス保護新法」 。トラブルが起きた時に相談できる「フリーランス・トラブル110番」 。女性の起業を後押ししてくれる、国や自治体の支援制度。知らなかっただけで、私を守ってくれる盾や武器はたくさん存在していた。
無知は無防備に繋がる。それを痛感して私は必死で学んだのだ。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000216.000010407.html
どんな嵐の中でも、日々の小さな幸せを見失わないこと
忙しさに殺伐とした心で、子どもにきつく当たってしまった夜。
自己嫌悪に陥りながら、ふと、寝る前に「感謝日記」をつけてみることにした。
「クライアントさんが子どもの体調を気遣ってくれた。ありがとう」
「夫が、洗い物をしてくれた。ありがとう」
「子どもが、にっこり笑ってくれた。ありがとう」
書き出してみると、私の毎日は、失ったものばかりではなく、たくさんの「ありがとう」に満ち溢れていた。
朝のコーヒーの香り、散歩道で見つけた小さな花、子どもとの温かいお風呂の時間。そんな五感で感じるささやかな幸せを丁寧に味わう。
その積み重ねが荒波に揺れる私の心の、確かな錨(いかり)となっていった。
【結び】あなただけの海図をその手に
フリーランスという働き方は決してきらきらとしたゴールではありません。むしろ、自分だけの生き方を問い続け、作り上げていく、終わりのない旅路そのものです。
そこには、会社員時代には決して見ることのできなかった、息をのむほど素晴らしい景色があります。
そして同時に、すべてを飲み込もうとする、暗く、冷たい嵐も待ち受けています。
もし今、あなたがこの手紙を読みながら、かつての私のように不安で足がすくんでいるのなら。思い出してください。
あなたは、決してひとりではありません。
収入の不安に眠れない夜も、社会の壁に打ちのめされた日も、育児と仕事の狭間で罪悪感に泣いた日も、たくさんの女性たちがあなたと同じ痛みを知っています。
そして、その痛みを乗り越えるための知恵を、少しずつ、少しずつ、紡いできました。
完璧な航海図など、どこにもありません。
でも、あなたの心の中にはあなたが進むべき道を指し示す、確かなコンパスがあるはずです。
それは「好き」という情熱かもしれない。「家族との時間を大切にしたい」という願いかもしれない。
「私にしかできないことで、誰かの役に立ちたい」という祈りかもしれない。
そのコンパスが指し示す方角をどうか信じてあげてください。嵐に迷いそうになったらこの手紙を思い出してください。
大丈夫。
あなただけの航路の先にはあなたが心から「この生き方を選んでよかった」と思える新しい大陸が、きっと待っているはずだから。